「高良川畔で受け継ぐ手染め家業」 染物 福田隆雄さん
写真・川上信也/文・嶋田絵里

 耳納山地の南斜面から久留米市内へ流れくだる高良川が、筑後川と合流する地点にほど近い市内野中町で、家族で染物業を営む福田隆雄さんは36歳。江戸初期から続いた池田屋染工場より明治後期にのれん分けした福田屋染物店の四代目である。いまも曽祖父が創業したころと変わらない手染めの技法で旗、幟、幕、のれんなどを染めている。
 神社幟に描く文字は手描き。印染の型紙は柿渋を塗った和紙を切り抜いてつくる。防染で使用する糊も、糯米と米ぬか、石灰を配合した自家製だ。最近は、藍染めで使う染料も自分で仕込むようになった。
 布を染める前に、そして染めた後に、店のまえを流れる高良川で晒し、染色の作業も天日干しによる乾燥も河川敷で行っている。
 「子どものころから水遊びや魚釣りをしていました。高良川は工房と地続きなので、川の水で糊を落としたり、河原で天日干しをすることはもちろん、防染に使う砂、道具として使う磨り石や竹を採ってきたりと生活と一体になっています」
 高良川沿いのこの地で染色をすることは、福田さんにとって子どものころから自然なことであると同時に、土地が持つ歴史とのふしぎなつながりを感じるという。
 「古い文献の中に、ここ高良川で白布を晒していたという文言を見たことがあります。川の上流では紅花を、下流では藍を栽培していたそうですし、筑後川流域では麻や綿花を栽培していました。染物の素材が揃っている場所だったんです」
 福田さんは、10年前まで美術家を志していたが、自然と生業がともにあった久留米の風景に意義を感じ、家業を継ぐために帰郷。その後、手染め産業が盛んな岐阜に行き、相撲幟や歌舞伎幕などを手がける吉田旗店で4年間修業した。そこで岐阜県出身の現代アート作家日比野克彦さんに出会い、各地でのプロジェクトに参加してきた。その日比野さんとともに、3年ほど前から、太宰府などで染物のアートプロジェクトも行っている。
 「手染めについてもっと知ってもらいたいと思い、福岡のアニメーション作家とコラボして手ぬぐいをつくったこともあります。また、年に数回、一般からの体験を受け入れ、印染などの手染めを楽しんでもらう活動も行っています」
 曽祖父から直接教えてもらうことはできなかったが、曽祖父はじめ先人が染めた神社幟に出合うとき、その作品からさまざまなことを学ぶという。そうやって、受け継がれてきた手染めの技法を伝え残し現代に活かしてゆくため、福田さんはこれからも挑戦を続ける。


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