写真・川上信也/文・嶋田絵里

 なかに入るとクスノキのすがすがしい香りがする。ここは江戸時代から150年、5代続く天然樟脳づくりの内野樟脳(みやま市瀬高町)の工場だ。
 樟脳は、クスノキの精油に含まれる成分(テルペン系ケトン化合物)から抽出される樹脂の結晶。日本では衣類の防虫剤などで知られるが、大航海時代以来、香料や火薬、消炎鎮痛・強心剤の医薬品など多様な用途の原料として諸国の貿易商品で主要な地位を占めていた。19世紀には樟脳とニトロセルロースを合成した最初のプラスチック、セルロイドが発明された。日本では明治時代に領有した台湾で産出するクスノキによって輸出の主要品目の一つになった。暖地性常緑樹クスノキは古くから香りを秘めた仏像の原材にも用いられ、樹齢数百年の巨木を九州・四国の神社や寺院の境内などで目にすることができる。
 樟脳づくりは、クスノキのチップ(木片)をコシキ(甑=蒸留器)に詰め、熱い水蒸気で包み込む蒸留法によって成分を抽出する。
 創業150年の内野樟脳の内野和代さんは、4代目であった夫の内野清一さんの跡を継ぎ、手伝いの人の手をかりながら天然樟脳づくりを続けている。
 「円盤の切削機に材木を当てて削っていきます。このとき、成分が抽出しやすいように、チップを手ですぐ割れるくらいの厚みと大きさにします。それを1立方メートルほどコシキに敷き詰め、つき棒という杵で搗きながら、足で押したとき足が沈まないくらいに押し固めます。そうしないと、蒸気だけがすぐ上にあがってしまい十分に樟脳の成分が抽出されません」
 チップをコシキにつめ、蒸しあげる―この作業を、5日くりかえす。蒸留した樟脳を、地下水を汲みあげた水槽で冷やし、結晶にする。結晶が一定量になったら圧縮機にかけて結晶の油分と水分を搾る。約3トンのチップが蒸留後、圧縮されて15キロの樟脳と樟脳油となる。
 10年前までは、こういった方法で天然樟脳をつくっていたのは内野樟脳だけだった。昭和初期にマツヤニ由来のテレピン油から合成樟脳が大量に生産され、昭和37年には専売法が廃止されたことで生産量が激減、各地の天然樟脳の産地は衰退した。
 「ですが、最近、材木屋さんが樟脳づくりを始められて、いまでは、宮崎の日向、佐賀の吉野ヶ里、鹿児島の屋久島に天然樟脳をつくっているところがあります。需要も増えていますが、一度にたくさんの量をつくれませんので、うちではお客さまを数か月お待たせしているような状況です」
 防虫剤や樟脳油のアロマオイルなど、一度利用したらやはりこれがいいというお客さんが多いのだそう。
 照葉樹林文化圏の産物である樟脳が、中国・明代の「本草綱目」(1596年)に記された製造法を改良しながら、みやま市瀬高の地において、今も連綿と受け継がれている。


「クスノキから抽出される香りの結晶」 天然樟脳づくり・内野和代さん

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