写真・川上信也/文・嶋田絵里

 新石器時代の中国の、彩色陶器の絵画文様を描いた筆についての研究がある。一つは、葦や小枝などの先端を叩いてやわらくし刷毛状にしたもの。もう一つは、管がある木の幹の先端を斜めに切断して先を細くした羽根ペン状のもの。二種類が、最古の筆の形だと考えられている。
 こうした大昔の筆の姿を残すのが、福岡県・みやこ町に伝わる「かずら筆」である。幕末から明治にかけて活躍した書家・下枝董村(1807-1885)が、フジカズラを叩いてほぐし、穂先をつくり、筆とした技法を受け継いでいる。
 董村は、書の師範として小倉藩に仕えていたが、長州藩との戦いに敗れた小倉藩が現在のみやこ町に移ったことにともない、豊前国仲津郡木井馬場村(現在のみやこ町犀川木井馬場)に居を構えた。このとき、「かずら筆」などを使用し、多くの作品を残している。
 かずら筆は、みやこ町の人々に代々伝えられてきたが、十数年以上前に作り手が絶えていた。吉武正一さん(75)は、12年前に帰郷した際、作り手が絶えていることを知り、残っている筆を見ながら、独学で技術を習得。いまでは、かずら筆の唯一の作り手である。
 「2006年に帰郷した際、知り合いの書道家から、かずら筆を所望されたので探したのですが、すでに作り手がいませんでした。私自身もかずら筆に興味があったので、自分で作り始めましたが、なかなか思うようにいかず、納得するものができるまで3年かかりました」
 かずら筆の材料であるフジカズラは、籠の材料や縄として古くから利用されてきた。地元の生立八幡宮の祭りで奉納される飾り山を締め上げるのにも、カズラが使われていたという。
 「昔は、どの山でも人が入ってカズラを伐っていましたが、いまでは人の手が入らないから、巻き付いて木を枯らすカズラは邪魔者になってしまいました。かずら筆の材料として使うのは落葉して水を吸い上げていない冬の時期に採取したものがいいですね」
 そのカズラを5日間水に浸し、ねじれ曲がっている枝を逆向きにねじりながら伸ばす。カズラがまっすぐになったら、柔らかいうちに筆の穂となる部分の皮を削り、叩く。数千回叩いて繊維がほぐれたなと思ったら、さらに手で繊維を裂いて穂先をつくる。
 「いまではたいへんめずらしい筆ですし、筆の穂にかける力のかけ方や線のかすれ方が毛筆と違うので、求める書家も多いです」
 みやこ町を流れる今川沿い、平成筑豊鉄道「崎山」駅近くの自宅兼工房では、今日もカズラを打つ木槌の音がこだましている。


「古式の筆の姿を残す」 かずら筆・吉武正一さん

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