「『世界が求める和紙』づくりを研鑚」 手漉き和紙 溝田俊和さん

写真・川上信也/文・嶋田絵里

 日本の和紙に関する記述は古事記・日本書紀までさかのぼるが、奈良時代からしだいに本格的な生産体制が整い、当時の戸籍を記した文書が1300年以上の歳月に耐えて現存している。その品質の高さが、世界から評価されている和紙。とくに文化財の保護・修復に和紙の特性(防虫をふくめて長期保存できる耐性など)が注目され、福岡県八女地方の伝統産業の和紙づくりでも取り組みが始まっている。
 矢部川流域の八女地方での和紙づくりの創始は、豊臣秀吉が天下を掌握した16世紀末ごろとされ、近代の最盛期には流域に1800軒もの工房があったといわれる。しかし、今は6軒の工房を残すのみとなった。
 和紙の国内需要が激減するなか、あえて平安時代の和紙づくりを研究し、文化財修復用の和紙を作っているのが溝田和紙工房(八女市柳瀬)の溝田俊和さん(51歳)だ。
 「20年前、3代続いていた妻の実家の工房を継いで、紙漉きを始めました。最初は試行錯誤を重ね、自分が納得いく紙がつくれるようになるまで10年かかりましたね。そのころから、文化財修復用の和紙の研究もはじめ、東京大学の文化財修復の研究機関に行って話を聞いたり、久留米大学の研究会に参加したりするようになりました」
 桃山時代には紙を再生する技術があったといわれ、それが和紙製造にも用いられるようになった。だが、再生を重ねることで、和紙の原料の成分に含まれる、防虫効果があるしゅう酸カルシウムが減っていくという。そのため溝田さんは、長期保存に耐えられる文化財修復用の和紙を桃山時代以前の和紙と同じ原料と工法でつくる。
 現在、八女和紙の原料のコウゾは、熊本県山鹿産のものを使用している。このコウゾの繊維が長いので、しなやかで張りがある紙ができる。その特徴が世界の文化財修復の世界で認められ、韓国はじめ、イタリアなどのヨーロッパ諸国、ブラジル、アメリカにまで輸出されている。
 「海外に行くと、そこの紙づくりの職人や文化財保護の研究者から、日本は紙づくりの聖地だと言われます。そうやって励ましてくれている人たちの期待にそむかないように、私も勉強して、紙づくりの技術や知識を深めていきたいですね」
 冬場は原木のコウゾから和紙を漉く原料になるまで精製する手作業がつづく時期である。水も凍りつくこの日も、溝田さんは「世界の和紙」を目指して研究に余念がない。



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