写真・川上信也/文・嶋田絵里

 静寂のなか、張りつめた弓から矢が放たれる。
 弓矢は、埴輪の武人の姿にもあり、古くから、狩猟や祭祀、武具として使われてきた。
 そのような伝統ある矢を代々つくっている家系の矢師が相良亘祉さん(60)。家系図によると、先祖はもともと熊本県人吉で矢を作っていたが、柳川の立花藩に仕え、のちに篠竹が豊富な八女に移住、江戸後期に家業として創業したのだという。
 「先祖は藩のお抱え矢師で、本家筋の創業がおよそ170年前になります。山がミカン畑などに伐り拓かれて以前よりは少なくなりましたが、篠竹は、矢の材料としてお城の近くにはよく植えられており、私が子どものころは八女のいろんなところに群生していました」
 とくに篠竹が、矢の「箆(の)」といわれる部分(矢の幹、矢柄)に使われるのは、節が小さく強度があり、しなりが強いことによる。矢づくりにおいて重要なのは、竹を焼いて熱を加え、まっすぐな箆にすること。四本一組の箆の大きさと重さと強さ(のばり=しなりのこと)がきれいに揃うと最高級の矢になる。また、矢羽根は、いまでは水鳥や七面鳥の羽根が使われているが、以前は、鷹や鷲の羽根が使われていた。回転しながら高速で飛ぶ矢の風圧に耐えるには、獲物を狙う猛禽類の羽根がよいそうだ。
 「鷹や鷲などの猛禽類は、急降下し獲物を狙うため、その羽根が強いんです。白鳥などは長く飛ぶことはできますが、急速に飛ぶことはありませんので、矢羽根としては適していません。鳥の飛ぶ特性と矢の特性が比例していて、強い矢をつくりたいときは鷹や鷲の羽根を使うことが本来はよいのです」
 箆の材料となる篠竹の入手から、加工、羽根の装着など、一連の作業を一人で行うが、以前は、箆だけつくる箆師がいたという。それだけ、手をかけてつくった矢であるから、また武勲を上げるため、矢に名前を入れていたという話を相良さんは聞いたことがあるという。
 「鏃も、相手によって変えていたと伝え聞いています。敵の歩兵は捕虜にすれば自分の軍に取り込むことができるため殺さないように。ですが、武将や身分の高い人たちは討ちとって名を上げるため、鏃をわざと緩くつけて、鏃が体に残り深手を負うようにしていたそうです」
 後継について聞くと、そのむずかしさについて教えてくれた。
 「私は子どものころから父が矢をつくっている姿を見ていたので、二十歳になって矢をつくり始めたときも、すぐにできましたが、息子は、私の姿をあまり見ていないので、一人前になるにはかなり時間がかかると思います」
 最近では、飾り矢や節句の矢などもいい材料でつくったものを求める人が増えているそう。八女に代々伝わる八女矢の伝統技術がこれからも続いていくことを期待したい。
「八女の篠竹で矢づくり」 矢師・相良亘祉(さがら ひろし)さん

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