写真・川上信也/文・嶋田絵里

 玄界灘に浮かぶ、佐賀県最北端の加唐島(唐津市鎮西町)の島一帯に自生しているヤブツバキは約4万5千本。ツバキの花は1月ごろから咲き始め、暖かな海風が吹くころまでに花の時期が終わり、緑がかった丸い殻に包まれて実になり、夏を迎えて熟する。
 秋の彼岸ごろ「口明け」といって、島北側にある公共の椿園で種子の採取が解禁となり、島民総出で実をもぎ採り、殻の中の種子を天日干したあと保管し、翌年1月に圧搾機でしぼった油を精製して、つばき油とする。
 以前は、呼子の業者に売りに行っていたが、現在では、しぼったつばき油は、加唐島区長を長とした島民による「島づくり事業実行委員会」が一括して買い取り、唐津市や佐賀県内だけでなく、東京などの業者に販売している。
 椿園の管理、つばき油の製造を行なう「島つばき工房」の代表と島づくり事業実行委員会長を務めるのは、2年前に区長に選ばれた坂本正一郎さんだ。
 「自生しているヤブツバキですから、手入れなどはほぼ必要ないですが、椿園の雑草を刈ったり、ツタがからまった枝などは剪定をしたりしています。昨年は、近年でもっとも量が少なく、500キロしかとれませんでした。種の豊作、不作は年によって違い、その原因は、受粉を助ける小鳥の数などが考えられますが、よくわかっていません。花がよく咲いても種子は不作だったりもします」(坂本正一郎さん)
 種子6㎏からよくて一升瓶1本分(1.8ℓ)しか油がとれない。それだけ貴重で高価なつばき油は、化粧品やてんぷら用の油、ドレッシングなどで使われている。
 『鎮西町史』(昭和37年)に、「昔、各大名が将軍の前でお国自慢をした時、唐津藩主も負けん気になって、『私は全島真赤な島を持っている』と、自慢されたという。これは加唐島の椿の花をいったことで」とある。江戸時代には加唐島にヤブツバキが自生していたと考えられるが、いつ島に自生するようになったのかはわからないそうだ。
 「小さいときから、じいちゃん、ばあちゃんとツバキの実を採りに行っていたけど、ヤブツバキがいつからあったのかは島の伝承でも聞いたことがないです。昭和のころは、つばき油を呼子に売っていましたが、生業ではないですね。やはり漁業が中心の島です」(坂本さん)

 唐津市・呼子港から約20分。玄界灘西部の壱岐水道に面する楕円形の島。春はツバキ、夏には島北端の灯台近くにあるユウスゲの黄色い花が、最近多くなった島のネコらと釣り人たちを迎えることだろう。
「加唐島のツバキ」 つばき油・坂本正一郎さん

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